フロイト著作集第４巻
翻訳正誤表（気づいたところだけ）
『機知』
ｐ２４７上段
ヴィーンに二人の兄弟がいて、一人はSalinger、もう一人はBoersensensalといった。それでたまたま一方はSensalingerと呼ばれ、もう一方はこれと区別するためにScheuensaligerというありがたくない呼び名を頂戴することになった。これは便利だし、たしかに機知に富んでいた。
ヴィーンに二人の兄弟がいて、一人はSalinger、もう一人はBoersensensalといった。訳あって一方はSensalinger［Sensal＝仲買人、ブローカー］と呼ばれ、もう一方はこれと区別するためにScheusaliger［Scheusal＝怪物、化け物］というありがたくない呼び名を頂戴することになった。これは便利だし、たしかに機知に富んでいた。
著作集では、「たまたま」と誤訳したことに加え、「Scheuensaliger」の綴りを間違ったことによって、この機知の意図が読みとれなくなっている。
２００５年４月６日
ｐ２４８下段
このナポレオン物語に一貫しているのは赤いファディアンder rote Fadianではないか？
このナポレオン物語に一貫しているのは赤いファディアン［＝退屈な男］der rote Fadianではないか？
Fadianはfade［＝退屈な］に由来する名詞で「退屈な男」という意味がある。著作集ではこのことに触れておらず、なぜFaden［＝糸］がFadianに変更されたのか理解できない。
２００５年４月７日
ｐ２５３下段
明白な、時として奇妙な夢内容を
顕在的な、時として奇妙な夢内容を
ｐ２５５上段
彼にヴァレンシュタインと名乗らせよう
Wallensteinという人名をWallenとSteinに分割すると、Wallenには「沸き立つ、［血・感情が］激する・高ぶる」、Steinには「石」という意味がある。
ｐ２５６上段
...liess mich das platanenblatt ahnen
platanenblattは「プラタナスの葉」なので、このままだと「私にはプラタナスの葉が予感できた」と訳せる。platte ahnen blatt ahnenと分割すると、「料理を盛った皿を予感し、肩肉を予感できた」となる。
wie du dem Inder hast verschrieben, in der Hast verschrieben?
訳すと、「おまえはどんな手紙を、インド人に送ったInder hast verschriebenんだい、大急ぎで送ったin der Hast verschriebenんだい？」
ｐ２５６下段
推測されるべき綴りが文章との関連で
推測されるべき音節が文章との関連で
この論文では、「Silbe音節」という語が「綴り」と訳されている。ここ以外の箇所では意味が通じないこともないが、ここでは、「dal」「dal」「dal」という無意味な綴りを音節数と同じだけ繰り返すという技法の説明なので、全く意味が通じなくなってしまう。
２００５年４月１０日
ｐ２５７上段
Ｘという夫婦者はかなり豪奢な生活をしている。ある人の意見によると、ご主人がたいへんもうけてviel verdient、それでなにがしかの金を貯めたsich dabei etwas zurueckgelegt habenということだが、また別の者の意見では、奥さんがなにがしかの金を貯めてetwas zurueckgelegt、それでたいへんもうけたdabei viel verdient habenのだということだ。
ｐ２６４上段の説明によれば、この機知は性的な事柄を扱うものだという。sich zuruecklegenには「［金を］残しておく」「体を後ろに倒す」の意味があるので、これを用いれば以下のようになろう。
Ｘという夫婦者はかなり豪奢な生活をしている。ある人の意見によると、ご主人がたいへんもうけてviel verdient、それで［金を］ずいぶん寝かせてあるsich dabei etwas zurueckgelegt habenということだが、また別の者の意見では、奥さんがずいぶん寝てやってsich etwas zurueckgelegt、それでたいへんもうけたdabei viel verdient habenのだということだ
２００５年４月１１日
ｐ２５８上段
偉大な法学者の名前の一母音を特に記憶違いで間違っても、もちろんよくはあるまい
偉大な法学者の名前を、よりによって憶え間違えた単語と取り違えた者は、このような目にあって当然である。
Labeo ait..ですが、仏和で見つけた人物名『La Boetie ラ・ボエシー（１５３０−６３）：作家。モンテーニュの友人。ボルドー高等法院判事。』のことかもしれません。これを、綴り字の似た別の言葉（ラテン語？）と読み違えて、「Ich falle, sagt er...」と訳したのでしょう。
言葉は思うままになる造形素材で
言葉は可塑的な材料で
ｐ２５８下段
ドイツ語はまた、別の意味では十全にも、また無内容にもとられうる言葉
ドイツ語にはまた、別の意味で、十全にも無内容にもとられうる言葉
同じ語根から二つのちがった別れ方をして
同じ語根から二つのちがった派生物が
ｐ２６０
「われわれの仲間から出てゆけ、ピストルめ」"Drueck dich aus unserer Gesellschaft ab, Pistol"（シェイクスピア）
ピストルとは『The merry Wives of Windsor』の登場人物の一人とのこと。abdrueckenは「発射する、引き金を引く」「逃げ出す」。
「われわれの仲間から弾き出されろ、ピストルめ」"Drueck dich aus unserer Gesellschaft ab, Pistol"（シェイクスピア）
「FreiungよりHofかね」
「Hof［口説き］は多く、Freiung［求婚］少なし」
２００５年４月１２日
ｐ２６０
この風刺は、作者がもっとかみつくbeissenものをもっていたら、こんなに辛辣なbissigものとはならなかっただろう
この風刺は、作者が噛むべき食べ物にもっと恵まれていたら、こんなに噛みついてばかりのものとはならなかっただろう
２００５年４月１４日
ｐ２６１下段註
このように説明のために言いかえられた表現では
［著作集ではｐ２６２の］本文のように言いかえられた版では
ｐ２６４上段
ハイネがある慇懃な夫人の性格を描写した言葉「彼女は自分の水以外なにも追い出すことはできなかった」Sie konnte nichts abschlagen ausser ihr Wasser.（Wasser abschlagenで「放尿する」の意となる・訳者）
これだけでは『性的な意味』や『わいせつな冗談』には思えないし、どこが二重語義なのかわからない。ihr Wasserには「尿」「水」「涙」などの語義があるが、尿以外の訳語をあてると全体の意味が通じない。abschlagenは、「（尿を）放出する」のほか「拒絶する」などの意味があるので以下のように考えてみた。
ハイネがある情の厚い夫人の性格を描写した言葉「Sie konnte nichts abschlagen ausser ihr Wasser.彼女は尿以外なにも放り出すことはできなかった＝彼女は放尿［してみせること］以外なにも断ることはできなかった」
２００５年４月１８日
ｐ２７２下段
心理的アクセントの転位は
心的アクセントの移動は
このあと著作集に登場する「転位」はすべて、精神分析の文献ではふつう「移動」と訳される語である。
ｐ２７４下段
提起された思考過程からそらすことが可能にされている
誘発された思路からそらすことが可能にされている
このあと著作集に登場する「思考過程」はすべて、「思路」に変更。
ｐ２８０上段
「困惑と啓発」の転換
「困惑と啓発」の交替
ｐ２９５上段
代償のない省略は
代理物のない省略は
著作集の「代償」はふつう「代理」「代理物」と訳される語『Ersatz』。
ｐ２９５下段
省略が一つの結果で補償され、この代償が当てこすりとして同じところに帰る
省略物が一つの結果で置き換えられ、この結果がほのめかしとして同じところに帰る
ｐ２９６下段
「ヴィーナス・ウリーニア」Venus Urinia
ウリーニアはウラニアUraniaをもじったものであろう。
ハンブルクのごみためのでぶっちょ
これはさっぱりわかりません。『Dreckwall』がイタリックになっているので、この語が何か別の語をもじった語だということは確かです。
たとえミューズの女神たちに愛されていなくても、彼は言葉の守護神を迎えている、いやむしろ、これに暴行するすべを心得ている
たとえミューズの女神たちに愛されていなくても、彼は言葉の守護神［＝男性神］を意のままにするin seiner Gewalt haben、いやむしろ、これに暴行するGewalt sntunすべを心得ている
彼はこの若者のあとをも
彼はこの若者のあと［＝尻］をも
ｐ２９８上段
「ああ、なんということだ！」と男爵は飛び上がるが
仏語で「ああ、なんて痛いんでしょう！」。男爵は飛び上がるが
次の「神様、神様・・・」はドイツ語であり、次段落の説明につながる。
ｐ３００上段
お守り札でこれを予防しようとしたり、自分独自の判断でこれをほごにしたりしようとしてきた
お守り札でこれを予防しようとしたり、自分独自の判断でこのお札をほごにしたりしようとしてきた
著作集の二カ所の「これ」は別のものを指している。
ｐ３００下段
これは必要もないのに見せはしないし
これは必要［Not＝生理的欲求］もないのに見せはしないし
２００５年４月２１日
ｐ３０４下段
阻止の力の働くのを感じた
制止Hemmungを感じた
ｐ３０５下段
音韻における快感
音韻における心地よさWohlgefallenが
この建物をしっかりと建てるためには
この建物［Gebaeude＝思想体系、という両義的表現］をしっかりと築くためには
各賛成層の上に同じだけの反対層を
各賛成［＝pro］層の上に毎度［＝pro］同じだけの反対層を
「pro」の両義性を用いた機知ではないか。
ｐ３０６下段
我々の機知に対して覚える満足感は
我々の機知に対して覚える心地よさWohlgefallenは
ｐ３０８上段
あら困ったわ、人が一番引きつけるam anziehendstenときに、顔を出せやしないわ
前の行の「トイレに入っているときwaehrend seiner Toilette」を「身繕いをしているとき」と取って、「anziehen＝引きつける、着衣する」の両義性を用いた機知と解した。（「一番魅力的なとき」とは裸でいるときのことか）
あら残念ね、身仕度の途中のam anziehendsten［＝一番魅力的な］ときには、恥ずかしくて姿を見せられないものよ
ホーム・ルーラールです。
Home Ruleとはアイルランド自治のことで、当時のトピックであったらしい。著作集３３１頁も参照のこと。
２００５年４月２３日
ｐ３１０上段
（攻撃、風刺、防御のため）
（攻撃、風刺、防衛のため）
ｐ３１１上段
それはその人物に当の身体部分ないし行為を表現させ
それはその人物に当の身体部分ないし行為を表象させ
この欲求の核心が通常の成層化なり抑圧なりの道筋を辿らない場合には
この性向Neigungの核心が通常の成層化なり禁圧なりの運命を辿らない場合には
この段落で、著作集で「欲求」と訳されている箇所にはBeduerfnisではなくNeigungやLustなどふつう欲求とは訳されない語が用いられている。
ｐ３１２上段
障害にぶつかったすべてのリビドー的運動と同じく
障壁にぶつかったすべてのリビドー的な動きと同じく
この抵抗はたんに
この思うままにならないことはたんに
ｐ３１２下段
猥談の向けられる相手となり
猥談の向けられる審級となり
ｐ３１３下段
重症患者の場合に一切の感情の動きとその帰結とが
重症患者の場合に一切の動きとその派生物とのコンプレックスが
ｐ３１４下段
われわれ自身の仲間うちでは敵対的感情の動きを
われわれ自身の仲間うちでは敵対的な動きを
ｐ３１５上段
人間的感情の動きの連鎖が
人間的な動きの連鎖が
ｐ３１５下段
いろいろな制約を回避し
いろいろな制約を迂回し
ｐ３１６下段
機知によって回避することのできた攻撃のための障害は、内的なもの −悪口を言うことにたいする美的な抵抗− であったが
機知によって迂回することのできた攻撃のための障壁は、内的なもの −悪口を言うことにたいする美的な反抗Auflehnung− であったが
ｐ３２１下段
すべての個人的な欲求がそのように満足を延期させられたり他に転化されたりするものではない
すべての個人的な欲求がそのように移動させられたり他に転移されたりするものではない
ｐ３２２上段
性の領域以上に強い抑制を
性の領域以上に強い禁圧を
人は感性の誘惑から身を護るために結婚をする
人は官能性の誘惑から身を護るために結婚をする
ｐ３２４
どうしてその一グルデンを彼に恵んでやっちゃいけないんだ？
どうしてその一グルデンを彼に恵んでやらなきゃいけないんだ？
乞食が「旦那のところに物乞いに行くのをやめて一グルデンを免除してやる」、という意味で「一グルデンを恵んでやる」、と言っているのでしょう。
２００５年４月２４日
ｐ３２７上段
その外的な障害が機知によって回避される
その外的な障壁が機知によって迂回される
ｐ３２７下段
抑圧および抑圧と結びついた「心的せき止め」が回避されている
禁圧および禁圧と結びついた「心的せき止め」が回避されている
内的な障害の排除から
内的な障壁の揚棄から
ｐ３２８下段
「抑制ないし抑圧の消費の節約」
「抑制ないし禁圧の消費の節約」
ｐ３２９下段
機知の性質への説明から排除する
機知の性質への説明から除外する
ｐ３３１下段
すでに住んでしまった関心事への記憶と化している
すでに住んでしまった関心事への想起と化している
あなたはもう一度durchbrennenされておられるから
durchbrennenは「焼け尽くす」「亡命する」意味がある。
ｐ３３３上段
言葉の連想による対象の結合の代用
言葉の連合による客体の連合の代用
不快な防止の感情を
不快な防衛の感情を
ｐ３３４下段
それによっていままで抑圧下にあった
それによっていままで禁圧下にあった
ｐ３３５上段
事物の結合を言葉の連想によって代用する
事物の連合を言葉の連合によって置き換える
ｐ３３６上段
まったく不合理なものとして非難され
まったく不合理なものとして排除され
ｐ３３８
出てくる感情の抵抗から
出てくる感情の抗争Widerstreitから
その転換からいかにして
その交替からいかにして
ｐ３４０下段
内的な抑制ないし圧迫の
内的な抑制ないし禁圧の
その手にかかった感情ならびにその感情の所産はみな意識から排除されてしまう
その手にかかった動きならびにその派生物はみな意識から除外されてしまう
傾向的機知は抑えつけられている感情からの援軍を
傾向的機知は禁圧されている動きからの援軍を
あるいは一般に抑えつけられた傾向のために
あるいは一般に禁圧された傾向のために
ｐ３４１下段
ある感情なり欲求なりが存在する
ある動きなり志向なりが存在する
それを抑制あるいは抑止するところのもう一つの欲求がある。抑止する力の流れは、結果が示すように、抑止されるものよりもある程度強くなければならない。しかし、抑止されたものは
それを抑制あるいは禁圧するところのもう一つの志向がある。禁圧する力の流れは、結果が示すように、禁圧されるものよりもある程度強くなければならない。しかし、禁圧されたものは
このあと２頁の「抑止」はすべて同様。
ｐ３４２上段
そこにたとえばある変わった感情状態なり気分なりが急に生じて、これによってその悪口を言おうとする傾向があとで不快に感じられるようになることもある
仮にたとえばある変わった情動状態なり気分なりのせいでこの罵倒が急に生じたなら、これによってその悪口を言おうとする傾向の突発は事後的に不快に感じられるようになるだろう
ｐ３４２下段
われわれはさきに抑えつけられた傾向が
われわれはさきに禁圧された傾向が
ｐ３４４上段
われわれは、ナンセンスの機知における快感は、その無意味な抑止にもかかわらず解放することに成功したところからくるのだが
われわれは、ナンセンスの機知における快感は、その無意味を、禁圧にもかかわらず解放することに成功したところからくるのだが
ｐ３４７上段
自分の再起を示し自己を顕示しようという功名心の衝動であることが多い
自分の再起を示し自己を顕示しようという功名心の衝迫であることが多い
この頁の「衝動」はすべて同様。
ｐ３５０下段
心的な通路への給付
心的な通路への備給
この論文の「給付」はすべて同様。
ｐ３５１上段
ある連想の道筋に沿って
ある連合の軌道に沿って
ｐ３５２上段
抑止ないし抑圧の強さ
禁圧ないし抑圧の強さ
ｐ３５２下段
そもそも言うに足るほどの量のエネルギーが
そもそも表出されうる量のエネルギーが
ｐ３５４下段
まさしく注意へのエネルギー給付が
まさしく注意の備給が
そうした給付をある一つの道から他の道へと押しやり
そうした備給をある一つの道から他の道へと移動し
ｐ３５５下段
望ましい注意力の牽制をもやりとげるのである
望ましい注意力をも逸らしおおせるのである
この論文ではAblenkungは「そらすこと」と訳されているのでここもそれに合わせた。私個人としては「転導」という訳語が適当と考えているが。
ｐ３５６上段
われわれの注意を遠ざけておくことによって
われわれの意識的注意を遠ざけておくことによって
ｐ３５６下段
まだそれを知らない人に話したいという衝動が
まだそれを知らない人に話したいという衝迫が
その運動性を抑制することによって
その可動性を抑制することによって
ｐ３５９上段
個々の節約が心的消費の一般的軽減へと転換されるのである
個々の節約が心的消費の一般的軽減へと転化されるのである
２００５年５月１日
