フロイト著作集第９巻

ざっとみた範囲での翻訳正誤表

『転移の力動性について』

　いくつもの語に「治療」という訳が当てられているが、日本語で「治療」というと、「患者に働きかけて、病状が改善する（治る）」という二段階の両者を含意してしまう。単に患者への処置について述べられたことを、病状改善に役立つことのように読まれてしまうことは誤解を招きやすいので、Behandlungに「手当て」、Therapieに「療法」、Heilungに「治癒」、Technikに「技法」を当て、Kurについてのみ（この語にも「治す」という意味は希薄であるが、「kurieren」という動詞には「治す」という意味がありそうなので）「治療」を用いることとする。

ｐ６８

・転移という現象が精神分析療法中に

・転移という現象が精神分析治療Kur中に

・また転移が分析治療上どのようにして、

・また転移が手当てBehandlungの間どのようにして、

その持って生れた素質と、幼児期に与えられたさまざまな影響との共同作業によって、彼がどのような愛情生活を営むようになるか

その持って生れた素質と、それに幼児期に加わるさまざまな影響との共同作業によって、彼がどのように愛情生活を営むか

どんな目的を愛情生活に置くようになるかという、特定の個性が獲得されるその発達過程を明らかにしたとしよう。

どんな目標を置くようになるかという、特定の個性が獲得されるということを、はっきり理解しておこう。

そのような研究の結果、われわれはいわば、一枚の（いや、一枚とは限らないかもしれない）印刷原板を手に入れるであろう。

その結果、いわば、一枚の（いや、一枚とは限らないかもしれない）印刷原版Klischeeが生まれる。

周囲の外的事情や彼の交渉範囲内にある愛の対象の性格が許すかぎり

周囲の外的事情や彼の手が届く愛の対象の性質が許すかぎり

これらの愛情生活を規定している感情の動きの中で

これらの愛情生活を規定している諸々の動きの中で

このように完全に発達を遂げた部分は現実に向かい、意識的人格が支配することのできる部分で

この因子は現実に向けられ、意識的人格の意のままになり

ｐ６９

このような愛情生活中の感情活動の源泉をなすリビドー興奮のこれ以外の部分

リビドー的な動きのこれ以外の部分

現実からも遮断されて

現実からも抑止abhaltenされて

全く無意識の中に埋もれるばかりで人格的な意識に知られることもなく

全く無意識的なものの中に埋もれるばかりで人格の意識に知られることもなく

愛情要求が現実によって残りなく満足されていない人間は

愛情欲求が現実によって残りなくは満足されていない者は

リビドー的期待表象を抱いてこれを向けなければならない

リビドー的期待表象を抱いて向きあわなければならない

・このような精神的な態度は

・このような精神的な構えは

われわれは、幼児期における（その結果成人しても成人の精神の無意識的活動の中で幼児的な働きとして無意識的に働き続ける）さまざまの幼児期的印象の意義を強調したために、持って生まれた（体質的な）諸契機の意義を否定するものであるかのように

われわれは、さまざまの幼児期的印象Eindrueck〈＝刷り込み〉の意義を強調したために、持って生まれた（体質的な）諸契機の意義を非認leugnenするものであるかのように

ここでその一般の非難を

ここでその非難を

これらふたつの要因は、順次、かわるがわるに一方が大きくなったり小さくなったりして交替するのであるが、このような交替が続くあいだには

これらふたつの要因がさまざまな大きさに移り変わりながら並んでいる系列の中には

以上のようなわけであるから、リビドー満足を完全に獲得していない患者の、常に満足を期待されながらしかも十分に満たされていない部分のリビドー備給が、分析医という一個の人格にも

以上のようなわけであるから、部分的に不満足な者の、期待に充ちて待機しているリビドー備給が、医師という一人物にも

ｐ７０

このようなリビドー備給は原型に執着し、あるいは、その当の相手に見出される「印刷原版」との何らかの類似点に結びつけられるものである。（改行）あるいはまた、われわれはこのような転移現象を患者がそれまでの心的「系列」の中で形成してきた印刷物（原型の再版の中の一つ）に分析医をこしらえ上げようとする企てである、と言うこともできよう。

この備給は雛形に執着しようとし、その当人の手持ちの「印刷原版」に結びつこうとする。あるいはまた、この備給は、病人Leidendeがそれまで形成してきた心的「諸系列」の中に、医師を挿入しようとする、と言うこともできよう。

邦訳では、文の途中で区切って段落分けされているが、一連の段落（というか一文）である。

このように分析医をこの印刷系列の一つに入れてしまおうという企てを理解する基準を与えているのが、父親像Vater-Imago（ユングの巧妙な表現による）であるとするならば、この父親像の転移は分析医に対する患者の現実関係に一致する。しかし、転移は必ずしもこの原型（父親像）のみに限定されるものではない。

このような系列化に対して、父親像Vater-Imago（ユングの巧妙な表現による）が基準を与えているとするならば、それは医師に対する現実的諸関係と合致する。しかし、転移は必ずしもこの雛形に拘束されているわけではない。

分析医に対する転移の特殊性としては冷静、かつ合理的と認められる程度と性質を超えて過度になりすぎるという特殊性が観察されるが、このような事実は単に意識的な期待表象によってだけでなく、抑圧され、あるいは無意識化された期待表象によってもそのような転移が生み出されるからである

医師に対する転移は、冷静かつ合理的と正当化される程度と性質を超えているという点で奇妙なものであるが、それも、この転移は、意識的な期待表象によってだけでなく、抑留された、あるいは無意識的な期待表象によってもそのような転移が生み出されたからである

このような転移のあり方については、これ以上何も言うことも考えることもないのであるが、ただ精神分析医にとって特に興味のあるふたつの点だけが、まだ説明されずに残されている。

精神分析家にとって特に興味のあるふたつの点がまだ説明されずに残されているが、それらがなかったら、このような転移のあり方については、これ以上何も言うことも考えることもないといえるかもしれない。

・われわれには分析治療中に神経症患者に起こる転移が、分析治療を受ける場合以外の一般の人間関係におけるよりも

・われわれには分析中に神経症の人物に起こる転移が、それ以外の、分析を受けていない人物におけるよりも

・第二に分析治療以外の他の状況では

・第二に分析以外の他の状況では

・何故、分析治療の場合には、治療に対する最も強力な抵抗として

・何故、分析の場合には、手当てに対する最も強力な抵抗として

「今あなたは私（医者）個人の、あるいは私（医者）に関係のあることを思い浮かべそれで頭が一杯になっているのにちがいありません」

「今あなたは医師という人物に関わる着想、あるいは医師に関する事柄に関わる着想の、支配下にあるのです」

この連想の停滞を解決することができる

この停滞Stockungを取り除くことができる

正直なところ、この段落の後半の例が説明しようとしているメカニズムはよくわからない。経験則を紹介しているだけなのかもしれない。

直ちにこの連想の停滞が

直ちにこの停滞が

換言すればこのような操作は、連想の中絶という状況を、頭に浮かんでいることを口に出して言葉に言えない（あるいは言わない）という沈黙状況に変えるのである。

換言すれば、途絶えるという状況を、着想を黙っているという状況に変貌させるのである。

ｐ７１

・私は連想が本当に出てこなくなった場合を言っているのであって、医者について何か常識的な不快感を感じている結果、沈黙を守っているというような場合のことを言っているのではない

・私は自由連想が実際に出てこない場合を言っているのであって、なにか月並みな不快感情の結果、彼が黙っているというような場合のことを言っているのではない

・普通の医療の場合には治療を成功させる最も強力な梃子の役割を果たすべき転移が、精神分析療法においては、むしろ抵抗の最も激しい手段に変化するという事実は、一見したところ、精神分析療法の大きな方法論的弱点と

・普通の場合には成功させる最も強力な梃子の役割を果たすべき転移が、精神分析においては、むしろ抵抗の最も激しい手段に変貌するという事実は、一見したところ、精神分析療法の大きな方法論的弱点と

・精神分析療法を行っているあいだは、転移が分析治療以外の医療の場合よりも強力に

・精神分析を行っているあいだは、転移がそれ以外の場合よりも強力に

さらには紛うべくもない恋愛感情的な色彩を

さらには紛うべくもないエロス的な色彩を

・精神分析療法に起因するとみなす

・精神分析に起因するとみなす

・さしあたり手を触れないでそのままにしておく。

・ここまで手を触れられないまま残してきた。

・精神分析療法中の転移が

・精神分析中の転移が

・われわれは分析治療を実際に行っているときの

・われわれは手当てを実際に行っているときの

現実に向けられたリビドーの量が減少し、その分だけ現実から離反した、いわば当人の空想中に養われている無意識に所属するリビドーの量が増大する

現実に向けられたリビドーの因子が減少し、その分だけ現実から離反した無意識的リビドーの因子、つまりいわば当人の空想を養っている、無意識に所属するリビドーの因子が、増大する

幼児的な映像が復活してくる

幼児的な諸々のイマーゴを復活させる

訳者は「イマーゴ」の複数形もご存知ないらしい。これだからフロイトは独語で読まねばならないのである。

分析療法はこれらの内向したリビドーを

分析治療Kurはこれらのリビドーを

このようなリビドーを意識化し

このようなリビドーを意識の手が届くようにし

分析操作による探求が

分析的探求が

リビドーの退行によってひき起こされたすべての力は、分析の仕事に対する

リビドーの退行をひき起こしたすべての力は、仕事に対する

個体と外部世界との

外部世界との

ｐ７２

リビドー満足の挫折という外界との現実関係によって

満足の頓挫Versagungによって

個人が自由に

人格が自由に

このコンプレックスの無意識部分）の引力のもとに置かれてきたものであり、この引力に比べて現実の引力の方が弱くなってしまったために退行に陥ったものなのである

このコンプレックスの無意識的なものに属する因子）の引力のもとに置かれてきたのであり、現実の引力が弱まってしまったために退行に陥ったのであった

個体の内部に生じた無意識的本能の抑圧や、その抑圧の産物を解決しなければならない

それ以来個体の内部に構築された、無意識的諸欲動やその諸産物の抑圧を、揚棄しなければならない

ところがこのような操作を行おうとすると、今度はそれまでよりはるかに強大な抵抗（抑圧抵抗）が

ところが、今度はそれまでよりはるかに強大な抵抗が

このような操作によって、

→不要

（内向、退行したリビドーの引力に由来する抵抗と、抑圧に由来する抵抗）

→不要

・操作の如何にかかわらず、至る所で分析操作は抵抗に出会う

・至る所で手当ては抵抗に出会う

・患者のどんな連想も行動も、抵抗の現われと見なさなければならない。これらはすべて、治癒を目指す力を欺き

・手当てを受ける者Behandeltenのどんな着想も行為も、抵抗に配慮しているはずであり、これらはすべて、快癒Genesungを目標とする力と、それを欺き

この論文で述べられている心理的諸現象を

この論文で述べられている心的諸事象を

コンプレックス理論とリビドー理論の関連性、意識、無意識および現実それぞれに対する空想にふけることの関係等々である

コンプレックス理論をリビドー理論に組み込むこと、意識的なもの、無意識的なものおよび現実それぞれに対する空想作用の関係、等々である

さて、われわれが病因的な

さて、病因的な

意識に現われる顕現から、無意識の根源にまで追求してゆくとやがてわれわれは

意識的なものの中にある代表物Vertretungから、無意識的なものの中にあるその根まで追求してゆくとやがて

患者の心に今ここで思い浮かんだことを

患者の最も手近な〈＝すぐその次の〉着想を

ｐ７３

今ここでの連想が思い浮かべられるに至り、さらにまた抵抗の徴候すなわち連想の停頓等によっても

最も手近な〈＝すぐその次の〉着想を生み出し、さらにまた抵抗の徴候すなわち停滞などによっても

抵抗をも満足せしめる

抵抗をもかなえるGenuege tun

他にも思い浮かべられる可能性のあったすべての観念よりも先に意識面に浮かび上がらされたのである

他の可能なすべての着想よりも先に意識に侵入druchdringenしたのである

このような現象は分析操作中に何度繰りかえされるか

このような事象は分析経過中に何度反復されるか

われわれが病因的な

病因的な

転移しうる可能性のある部分のコンプレックスが意識の前面に浮かび上がらされ、最大の頑強さを持って防衛されるのである。

転移しうる可能性のあるコンプレックスの因子が、意識へと表面化vorschiebenされ、最大の頑強さを持って防御するのである。

・分析療法が長引けば長引くほど

・分析治療Kurが長引けば長引くほど

病的材料を歪曲するだけでは病因を発見されることに対する防衛にはならない

病因的材料を歪曲するだけでは発見に対する保護にはならない

・したがって、分析療法中における転移は

・したがって、分析治療Kur中における転移は

あらゆる心的葛藤が

あらゆる葛藤が

転移の機制は幼児期の映像をそのまま所有し続けているリビドーの素質に

転移の機制は幼児期の諸々のイマーゴをそのまま所有し続けていたリビドーの用意に

・治療上それがどんな役割を果たすか

・治療Kur上それがどんな役割を果たすか

これに答えることはさして困難ではないと考えてよい。

ひとは、これに答えることはさして困難ではないと考えるはずだ。

このあと３つの文（ｐ７４の７行目まで）で、世人が考えるであろう内容が説明されている。

どんな禁圧された願望興奮でも、その感情が向けられた当の相手の人物の前で、それを告白することが特に難しいのは当然である。

どんな禁じられたverpoenten願望の動きでも、その動きが向けられた当の相手の人物の前でそれを告白しなければならないときには特に、告白することが難しくなるのは当然である。

ｐ７４

しかし、この困難をおかして告白を強制することによって、現実にはほとんど実現し得ないように思われる状況が生ずるのである

しかし、これを強制することは、現実に、ほとんど実行し得ないように思われる諸状況を生ずるのである

被分析者が彼の感情興奮の対象と分析医とを

被分析者が彼の感情の動きの対象と医師とを

まさに右に述べたような状況が起こり、そのやり方を目標とすることになるわけである。

まさに右に述べたような状況を狙い通り手に入れるerzielenことになるわけである。

なぜ狙い通りかといえば、転移を抵抗に役立てることを狙っていたからだろう。

心のやさしい、信仰に溢れた献身の状態があれば

情愛的な献身的忠誠があれば

やさしい親愛感情の感情転移を敵対感情のそれから区別し

情愛的感情の転移を敵対的転移から区別し

あるいはやさしい、親愛的感情のそれと

あるいは情愛的感情のそれと

それが必ずつねに性愛的な源泉に

それが必ずつねにエロス的な源泉に

・あるいは抑圧されている性愛的な感情の陽性転移である限りにおいてのみ転移は治療上の抵抗（転移性抵抗）となり得る

・あるいは抑圧されているエロス的な動きの陽性転移である限りにおいてのみ転移は治療Kur上の抵抗となり得る

ｐ７５

「解決」

「揚棄」

もっぱらわれわれは分析医に集中しているこうした感情活動の一成分を分析医から解き放すことになる。

もっぱらわれわれは分析医に集中している感情行為のこれら二つのコンポーネントを医師という人物から解き放すことになる。

邪魔にならない転移の成分は

邪魔にならないコンポーネントは

・精神分析療法の場合にも他の治療法の場合と全く同じように、治療の成功の

・精神分析の場合にも他の手当て方法の場合と全く同じように、成功の

フェレンツィのいう患者から医師に向けられた転移現象を媒介にした医師の人間的影響力として

フェレンツィのいう、ある人間からの、彼に可能な転移現象を媒介にした影響、として

・ただ精神分析療法の際にだけ

・ただ精神分析の際にだけ

−それは病院でも現れるが、ただそういうものとして扱われるにすぎない

−それは病院でも現れるのだから、たんに、そういうものと評価されてしかるべきである

性愛的な転移は

エロス的な転移は

さして阻止を受けることなく活動している

さして抑制をひきおこす作用を持たない

・この種の転移が治癒に対する抵抗として

・この種の転移が快癒に対する抵抗として

陰性転移はやさしい親愛的な転移と併存し

陰性転移は情愛的な転移と併存し

・あれこれの不安、または障害を克服したかどうかは、治癒という点からすれば

・あれこれの不安、または制止を克服したかどうかは、快癒という点からすれば

ｐ７６

転移の能力が妄想患者におけるように

転移の能力がパラノイド者におけるように

・最初に分析治療を受けに来たときに

・最初に手当てを受けに来たときに

意識から見失われてしまったリビドーを

意識的なものから失われてしまったリビドーを

われわれは無意識の領域の中に突き進んでいく。こうして得られたさまざまの反応は

無意識的なものの領域に入り込んでしまった。ここでは、得られるさまざまの反応は

・無意識的な感情の動きは、分析治療が望んでいるのと同じように

・無意識的な動きは、治療Kurが望んでいるように

これらの無意識的な感情興奮は無意識の無時間性と

これらの無意識的な動きは無意識的なものの無時間性と

彼の無意識的な感情興奮が覚醒して生じた結果だけを

彼の無意識的な動きが覚醒して生じた結果を

ｐ７７

自己の情熱をふるおうとする

自己の情熱を実行agierenしようとする

・これらの感情興奮を分析操作の関連の中に

・これらの動きを手当ての関連の中に

・この操作によってこれらの感情興奮を

・これらの動きを

認識と行動化への志向とのあいだの闘争は、分析操作中、もっぱら

認識と実行意思Agierenwollenとのあいだの闘争は、もっぱら

この闘争の場において

この場において

まさにこの解決こそが患者の精神の内部に隠され忘れられた愛情の動きを現実的なものにし、はっきりと顕在化するはかり知れない奉仕の仕事であることを

まさにこの転移現象が、患者の隠され忘れられた動きを当座のものにし顕在化するために、はかり知れないほど役立つことを

２００２年７月２８日作成／２００３年５月１日改訂（改訂分は「・」で示した）／２００６年３月２９日「Kur」の訳語を修正