フロイト著作集第９巻

ざっとみた範囲での翻訳正誤表

『自伝的に記述されたパラノイア（パラノイド性痴呆）の一症例に関する精神分析的考察』

　

２　解釈の試み

ｐ３０４

・このパラノイア患者の

・このパラノイアの病歴

　

・この患者の精神生活を支配する周知のような（すでに精神分析によって研究されている）さまざまのコンプレックスと本能力の動きとを

・この患者の精神生活の周知のようなさまざまのコンプレックスと欲動力とを

この論文内の「本能」はTriebの訳語なので、すべて「欲動」に変更。

　

・患者自身の妄想的表現と

・患者自身の妄想的表出と

　

あるいは自分の頭に浮かんできた事物間の類似点の連想についてむしろその不適切さをさえ明確に論じて、否定的な反対を唱えたりすることによって

あるいは自分の頭に浮かんできた類似物〈を挙げてそれ〉について反駁したりすることによって

　

・われわれがこれらを了解するためには、理解を妨げるような言語表現（抵抗）を解除しさえすればよい

・そのさいには、ネガティヴな偽装を解除しさえすればよい

「ネガティヴな偽装」は「打ち消しという偽装」ぐらいの意味であろう。

　

ｐ３０５

とかくたとえ話を本当の真実と見なしたり、引用文や証明的事実を原意と見なしたりすることに

とかく例示を本来のものと見なしたり、引用や証明を源泉と見なしたりすることに

　

・つまりすでに亡くなって天上に昇った人間の

・つまりすでに浄福seligに達した人間の

　

・けしかけられたのである

・けしかけられている

　

・その言葉を喋らされていたのである

・その言葉を喋らされている

　

その「一定のやり方でただ暗記させられ、教え込まれた決まり文句」をシュレーバーに吐きかけるたびごとに、それらは「畜生」とか「馬鹿野郎」とかいった言葉をともなって彼の魂の中に（頭の中に）浮かび上がってくる。このような罵言こそ、真の感情を表現する唯一の言葉なのである。

その「一定のやり方で教え込まれたフレーズをただ繰りかえし唱えてしまう」たびごとに、それらは「いまいましい畜生verfluchter Kerl」とか「うへ、いまいましいわ、ずいぶんei verflucht einigermassen」とかいった言葉をともなって彼の魂の中に浮かび上がってくる。このような言葉こそ、鳥たちが真の感覚をいまだ表現しうる唯一の言葉なのである。

　

−それが必ずしも完全和音である必要はないにしても−　とにかくラウテの和音に対してだけ

−それが必ずしも完全に同じ音である必要はないにしても−　とにかく音の一致に対してだけ

　

ある喩えを連想せずには

次のことを着想せずには

　

・よく人々がからかい半分に

・よく人々が批判的な気分から

　

ｐ３０６

この喩えの場合と同じことがシュレーバーの鳥たちの言葉についてもそのまま当てはまるとすれば、ごまかしでない「畜生奴」という言葉をともなわせたという事実は、鳥たちに対するこの青年（シュレーバー）の勝利であろう。なぜならば先に述べたごとく、「畜生奴」という言葉は鳥たちの真剣な感情をそのまま表現する唯一のものであり、シュレーバーは鳥たちに畏敬の念を起こさせて、そういう真剣な言葉を吐かせる術を心得ているからである。

本気で言われた「いまいましい畜生verfluchter Kerl」という言葉は、鳥たちに感銘を与える術を知ったこの青年の勝利であるかもしれない。

　

好奇心や楽しみ好き

好奇心や悦楽好き

　

・もしわれわれが定型的な症例に対して精神分析的な研究に基づく解釈を試みようとする場合には、かなりの熟練と慎重さが必要であること、また聴衆や読者というものは、精神分析の解釈技術が進められていく際、自分たちにも良く理解できるところまでしかついていかれないものだという事情を

・もし精神分析的な作業に際して解釈の典型例から離れ〈て新たなことがらに手を広げ〉ようとする場合には、かなりの節度と慎重さが必要であること、また聴衆や読者というものは、分析の技法についてすでによく熟知した事柄からわかるところまでしかついていかれないものだという事情を

　

シュレーバーの症例を了解する場合に

シュレーバーの症例を扱う場合に

　

・美的感覚から言ってあり得ないような出来事、状況の無遠慮な描写や

・美的感覚から言ってあり得ないような状況および事象の無遠慮な描写や

　

ｐ３０７

・それが「慎み深く」なければいけないとか「美的」であってほしいなどと

・それが「慎み深く」「美的に」感銘を与えてほしいなどと

　

先に論究された

前提とされる

なお、この段落は前の段落と一連の段落である。

　

・いずれにせよ彼らは多かれ少なかれ、不思議な通常の人間の経験では説明の付かないような特徴を

・いずれにせよ彼らは多かれ少なかれ謎めいた、通常の人間の経験では説明の付かないような特徴を

「不思議な鳥」という場合の「不思議な」の語とは異なる。

　

・ある程度の確実さをもってわれわれに熟知された人間的な諸動機によってその発生の由来を了解することができれば

・ある程度の確実さをもって、既知の人間的な諸動機にその発生の起源を帰すことができれば

　

・私の病歴の中から

・私は病歴の中から

　

そしてそれが病状の急変（神との「和解」）の転回点を境にして

そしてそれが疾病の転回点（「和解」）を境にして

　

目前に迫りくる脱男性化が世界秩序に適った目的を持つようになり、それまで脱男性化に向けられていた屈辱感はわきに押し除けられ抑えられていった。しかも、あらゆる迫害の主謀者はフレヒジッヒであり、彼は病気の全経過にわたって迫害を策動し続けたのであった。

目前に迫りくる脱男性化の世界秩序に適った目的が、脱男性化の屈辱感を押しのけた。しかも、あらゆる迫害の発起人Urheberはフレヒジッヒであり、彼は疾病の全経過にわたってその立案者Anstifterであった。

立案者Anstifterはｐ２９１上段、２９６下段（そこでは「発案者」と訳されている）に既出。Urheberはｐ３１４上段にも登場。

　

私と話し合う人々の声の中でも、特にあの迫害の主謀者であるあなたの声だけはいまでも毎日何百遍も繰り返し繰り返し、私にささやかれる。

私と話し合う人々の声の中でいつも繰りかえされる文脈の中で、特にあの損害の発起人Urheberとして、あなたの名前がいまでも毎日何百遍も繰り返し繰り返し、私にささやかれる。

　

私にとってはとうの昔に終わっているし、だからもう私自身あなたのことを今さらにとりわけ恨みがましく思ったり想い出したり、ほとんどしていないはずなのに、ただあなたの声だけが私の耳に現れる。

私にとってはとうの昔に影が薄くなっているし、だからもう私自身あなたのことを今さらに、とりわけ恨みがましい感情とともに想い出したりするきっかけはほとんどないはずなのに。

　

このパラノイアの了解を試みることが許されるならば、そのような解釈の試みにとってこの曖昧さこそ

このパラノイアを判定することが許されるならば、この曖昧さこそ

　

ｐ３０８

・一つの霊魂を自己の手中に収めようとする

・一つの魂を征服bemaechtigenしようとする

　

ここではその本当の意味を言うことが故意にひかえられている

ここでは原資料がやはり故意に役立たなくされている

　

・「霊魂の殺害」とはいったいどういうことなのか

・「魂の殺害」ということで彼が何を念頭においていたのか

　

われわれはそれを他の箇所で述べることにしよう

著作集ｐ３１２下段で述べられている

　

神の全能は自分の味方なのだ

全能の神は私の当然の盟友だ

この部分はｐ２９１上段でも引用されているが、訳文の表現が統一されていない。

　

まさか自分に対する陰謀の主謀者ではないにしても、敵と内通しているのではないか」という考えをしりぞけることができなかったのである

まさか自分に対する計画の立案者Anstifterではないにしても、内通者Mitwisserなのではないか」という思想をしりぞけるabweisenことができなかったのである

この部分もｐ２９１上段で引用されていたが、やはり訳文の表現が統一されていない。

　

フレヒジッヒの霊魂はいろいろな形をとって縦横無尽に天上を飛び回り

フレヒジッヒは魂全体もしくはその一部と共に天上へと舞い上がり

　

・この「導き手」の役割を

・この役割を

　

シュレーバーがそこの看護長をかつての同居人フォン・Ｗ氏と錯覚し、この看護長の霊魂がフォン・Ｗ氏の魂となってこの病院に入り込んでくる

シュレーバーがそこの看護長にかつての同居人フォン・Ｗ氏を認め、この看護長の霊魂がフォン・Ｗ氏の魂となってフレヒジッヒの魂に加わる

　

そのころからフレヒジッヒの霊魂は大規模な「霊魂の分裂」を行った。

そのころからフレヒジッヒの霊魂は「霊魂の分画Seelenteilung」を行って大規模になった。

次の行の「分裂」はAbspaltung。

　

その中の二つの大きな霊魂が

その中の二つの大きな霊魂分画が

　

・（すなわち看護長の魂）も同じように分裂した。

・（すなわち看護長の魂）も同じようにふるまった。

　

ｐ３０９

・本来は味方同士のはずなのに

・本来は同盟関係Bundesgenossenschaftのはずなのに

「同盟」はｐ２９１上段、ｐ３０８下段にあわせた。

　

われわれが「和解」と名づけたあの急激な病状変化が、妄想の発展過程に

われわれが「和解」と名づけたあの急転回Umschuwungが、妄想の発展に

　

なかなか含蓄があるのにまもなく否定されてしまった説明によれば

なかなか含蓄があるのにまもなくしりぞけられてabweisenしまったヴァージョンによれば

　

神経病院に連れて行かれる途中で

神経付随物を仲立ちにしてim Wege des Nervenanhanges

ここはあまり自信がない。ｐ２９４上段の注にある「神経付随物Nervenanhang」と同じ語であることは確かなのだが。

　

・アンケートを出した時、あなたはわざと、あるいは不注意から彼について嘘を言いましたね。特にあなたは彼を手淫したと言ってとがめました。

・アンケートを出した時、彼はわざと、あるいは不注意からあなたについて嘘を言いました。特に彼はあなたを手淫したと言ってとがめました。

この文は、シュレーバーとフォン・Ｗ氏の両者をともに「彼」という代名詞で呼んでいるのでわかりづらいが、上に訂正したように読む方がつながりやすいように思う。なお、ここはｐ３２４上段の内容にも関連している。

　

・フレヒジッヒの霊魂の知性と活動力を

・フレヒジッヒの霊魂分画のうち、知性と活動力を

　

「超感覚的な事物」について自分と同じ幻想と同じ見解を抱いていた

「超感覚的uebersinnlicheな事物」について自分と同じヴィジョンを持ち、同じ解明を獲得してきた

ｐ２８５下段、ｐ３１０下段では「超自然的な事物」。

　

この確信は

同じことは

　

ｐ３１０

・迫害の陰謀のあらゆる力を手中に収める偉大な支配力と影響力を持つと患者に妄想されている人物（フレヒジッヒのごとき主謀者）には、発病前に患者の感情生活に妄想中のそれと同じように大きな意味をもっていた人物か、あるいはすぐにそれとわかるようなその人物の代理人が指名されるのである。

・妄想では、陰謀のすべてを取り仕切る大きな力と影響を持つとされる人物は、はっきりいうなら、発病前に患者の感情生活でも同じように大きな意味をもっていた人物か、あるいはすぐにそれとわかるようなその人物の代理人物である。

　

感情の基調が逆転される

感情の基調が対立物へと逆転される

　

妄想中で患者を迫害する迫害者として

いま迫害者として

　

なかんずく患者の感情変化（感情の逆転）を正当化するという特殊な役割を演じているわけなのである。

なかんずく患者の感情の変貌を正当化するのに役立っている。

　

精神性欲上の差異点

精神的−性的な差異点

　

ｐ３１１

後になって逆転した態度から

対立物へと変化した構えから

　

未知の状況に足を踏み入れねばならない

未知の連関性に手を突っ込んでみなければならない

「連関性」はこの頁下段１行目にあわせた。

　

病気の思い出を夢に見ることによってそのときの主治医の記憶も目覚まされるし、性交中の女性的な役割を空想した場合も

病気の記憶に加え、時には主治医の記憶も目覚めされられたし、空想の女性的な構えも

　

もう一度フレヒジッヒに会いたいという憧れを

思慕を

　

ことによると第一回の病気中の経験（フレヒジッヒ博士との交流）から、主治医に対する精神的な愛情がシュレーバーの心に残されたのかも知れない。しかもこのような精神的な愛着が、いまや　−ある不明の理由から−　エロチックな愛情にまで強められたのであろう。

ことによるとこの状態から、主治医に対する情愛的な愛着Anhaenglichkeitが残され、しかもこの愛着が、いまや　−ある不明の理由から−　エロチックな好意Zuneigungにまで強められたのかもしれない。

　

まだ特定の相手に向けられてはいなかった女性的空想に対する断固たる拒否

まだ非人称的なままだった女性的空想を断固としてしりぞけAbweisungて

　

やがてその後になって発生した重症の神経症の中で

やがてその後になって発生した重症の精神病の中で

　

患者が主治医自身の側からの性的誘惑を恐れたことの真意を推定するためには

患者が主治医自身からの性的悪用Missbrauchを恐れたことを察知するためには

「悪用」はｐ２９０下段、ｐ３１３上段などにあわせた。

　

ｐ３１２

・ほんのわずか明確化するだけで

・ほんのわずか訂正するだけで

　

このような同性愛的リビドーの突出こそその展開のきっかけであった

同性愛的リビドーの進出Vorstossこそこの罹患のきっかけであった

　

このようなリビドー興奮に対する闘いこそ

このようなリビドー的な動きに対する反抗こそ

　

ここでわれわれは以上のような事態を知って道徳的な非難攻撃を浴びせかける前に、一瞬思いとどまって冷静な理性的な研究態度を取り戻さなければならない。今日の精神医学を知っている人ならば、誰だって、そのような軽率な怒りに駆られてはならないのである。

ここで私は、数多く浴びせられる非難や抗議の前で少々足を止めて〈耳を傾けて〉みることにしよう。今日の精神医学を知っている人ならば、〈ここまでの論に〉悪印象を抱いて当然なのである。

　

・道徳的に品位のある人物に向かって

・倫理的に品位のある男に向かって

　

・患者自ら女性への転換という

・患者自ら女性への変貌という

　

空想の内容には少しも傷が付くわけではない。しかもシュレーバーは、一個の病人としての立場からそれを行っているのだ。女性への転換という彼の妄想は、一個の精神病者の抱いた空想である。

空想の内容には少しもねつ造を加えたわけではない。それどころかシュレーバーが病人としてそれを行っているのだ。女性への変貌という彼の妄想は、一個の病的な念慮であった。

　

もっぱらこの病的な考えの

もっぱらこの病的な念慮の

　

「霊魂フレヒジッヒ」を区別したのと同じような態度をとるべきなのである

「霊魂フレヒジッヒ」を区別したことを論拠とする

　

彼が同性愛的衝動を持ったことも、それを抑圧しようとしたことを非難しない

彼が同性愛的動きを持ったことも、それを抑圧しようと努めたことも非難しない

　

結局精神科医というものは、患者の妄想の中の無意識の世界と現実の世界とをはっきりと区別して、この二つを取り違えないように努力せねばならない。われわれはこの努力によって初めて患者から多くのことを学び取ることができるであろう。

患者が無意識的なものの世界と現実の世界とを取り違えないよう、妄想の中で努力しているのだから、精神科医たちは結局患者から学び取らねばならなかったのである。

　

・しかしながら恐れられていた女性への転換の実現によって

・しかしながら恐れられていた女性への変貌によって

　

・シュレーバーには人間「フレヒジッヒ」を中傷するつもりはなかったのだし、公表を予定して書かれた『回想録』のなかで手厳しい告発を誘発するような問題をわざわざ記述するのを避けるのは当然であるし

・公表を予定して書かれた『回想録』には人間「フレヒジッヒ」を中傷するつもりはなかったのだから、そのなかで手厳しい告発は避けようとするのが当然であるし

　

ｐ３１３

表現の緩和も告発の本当の意味を隠しおおせるほど十分ではなかったので、結局はフレヒジッヒの告発を防ぐことはできなかったのである。いや、かえってその意味が『回想録』の中に歴然と記述されている

表現の緩和も告発の本当の意味を隠しおおせるほど十分ではなかった。いや、かえって以下のように歴然と記述されている

　

・女の肉体に変え

・女の肉体に変貌させ

　

神に対して自分が女性的役割を営んでいることが告白されているが、このような妄想発展は本来なら医師フレヒジッヒに対して取らされると考えられ恐れられていた女性的役割に対して残されていたシュレーバーの最後のためらいをも消し去ってしまった。

神に対する女性的構えが認められ、そのため、もともと医師に対して与えようと考えられていた役割に関して残っている〈われわれの〉疑念を最後まで消し去ってくれる。

　

フレヒジッヒに対して向けられたもう一つの非難は読書の影響によってさらに強められた

フレヒジッヒに対して上げられたもう一つの非難〈の声〉は、この書物のなかに大きく鳴り響いている

　

「上位の神」と「下位の神」

「下位の神」と「上位の神」

　

・ただ『ファウスト』から、「魂の契約」という言葉を見つけ出すのがやっとだったのである。

・『ファウスト』の「魂の契約」という言葉に並ぶようなものは見つからない。

　

ｐ３１４

・彼の義理の姉妹との同胞相姦的な

・彼の義理の姉妹との近親相姦的な

　

霊魂殺害の張本人として

霊魂殺害の発起人Urheberとして

Urheberはｐ３０７下段にも登場。

　

シュレーバーの発病に同性愛的衝動興奮の爆発が基本的な役割を演じているという見解の正しさ

シュレーバーの発病には、同性愛的な動きの爆発が基本をなしているという見解に固執することの正しさ

　

「神経錯乱」

「神経脱落Nervensturz」

　

・（たぶん５、６回）

・（たぶん半ダース）

　

自分を取り巻く男たちの誘惑から守られていたのである

自分を取り巻く男たちの引力から保護されていたのである

　

無意識に活動していた同性愛的な空想に刺激されたと推定することができる

無意識的なままの同性愛的な空想によるものであったと補って考えることができる

　

ｐ３１５

一方の挫折や失望が

一方の頓挫や幻滅が

　

一般に女性の場合だったら性欲が一時的に高まる時期を経て

一般に女性の場合だった性的機能が一時的に高まる時期を経て

　

「更年期」がそれに続く発病の素地をなす場合があるわけである

「更年期」がそれに続く発病の素因をなす場合があるわけである

　

しかし、もしわれわれが、頭の中でそれがあまり確実でもなさそうだからといってその仮定を棄ててしまい、どこまでそれが通用するか試してもみないというのは、この種の仮定がふだんは勧められるものであってみれば、とんでもない間違いであろう。あるいはこの不確実さは、それ以上の追及を行う前の暫定的なものなのかもしれない。かえってその不確実さが禍いしてしまって、その仮定が、それ以上正確な研究を通してその連関性を把握されないままにされているのかもしれない。あるいはまた、これこそわれわれが問題の究明に取りかかる際に用いる最初の仮定なのかもしれない。実はこれらのことはまだわれわれにははっきりわかっていない。

しかし、もしわれわれが、この仮定をふだん紹介された時、その内的な信じがたさのせいでその仮定を棄ててしまい、どこまでそれが通用するか試してもみないというのは正しくないことである。あるいはこの信じがたさは、それ以上の追及を行う前の暫定的なものなのかもしれず、むしろその仮定が、それ以上正確な研究を通してその連関性を把握されないままにされているせいなのかもしれない。あるいはまた、これこそわれわれが問題の究明に取りかかる際に用いる最初の仮定であるせいなのかもしれない。

　

われわれの仮定を全然否定してしまって何らの実際的探求を試みない人々に向かってわれわれは、うっかりするとこれ以上の研究によってこの仮定の不可解さ奇怪さという見せかけがはぎ取られてしまいうることを容易に示すことができる。

われわれの仮定を全く我慢ならないと感じる人々に向かってわれわれは、彼らには奇怪なこの性格がなくなってしまう一つの可能性を容易に示すことができる。

　

患者の感情（感情エネルギーの備給）が

患者の感情備給が

　

患者にいっそう親しい存在に思われてくるのである

患者にとってはるかに親しい存在の代わりに選ばれるのである

　

ｐ３１６

自分の兄弟的あるいは父親的なものを想い起こし

自分の兄弟あるいは父親の存在を想起し

　

この代理人物への憧れが再び患者の中に湧き起こり、激しく渦巻くとしても、それがある特定の条件のもとで起こる場合にはもはや奇妙なものでも何でもなくなるのである。その憧れ、感情の激しさは、その由来と、本来の人物に向けられた起源的な意味を知らなければ了解不能なものである。

この代理人物への思慕が再び患者の中に湧き起こり、その由来と起源的な意味とを知らなければ了解不能な激しさで渦巻くとしても、それがある特定の条件のもとで起こる場合にはもはや奇妙なものでも何でもなくなるのである。

　

「故人」

「浄福に達した者Selige」

　

この疑問に次のような言葉で答えている

この不確実な点を次のような言葉で打ち消している

　

（受身的・同性愛的）

（受動同性愛的）

　

もしかしたら他の形でなら防衛に成功したかもしれないこの抗戦が

もしかしたら他の形でなら成功したかもしれないこの防衛闘争が

　

・その発展過程にともなって彼の妄想が受けた変化とである

・その発展のあいだに彼の妄想が受けた変貌Verwandlungとである

　

・このような変化の一つとして

・このような転化Wandlungの一つとして

　

・まもなくそれは第二の変化と同時に

・まもなくそれは第二の転化Wandlungと同時に

　

葛藤の解決の役割を果たしていることがわかっている

葛藤の解決を準備していることがわかっている

　

シュレーバーが医者フレヒジッヒに対して女になり、淫売婦の役割に置かれることに甘んじることができなかったので、自分を神自身の性的快楽の餌食として捧げるという課題も、自我の抵抗によって同じような反抗を受けないのである。

シュレーバーが医者に対して淫売婦の役割に置かれることに甘んじることができなかったとしても、神自身の悦楽を捧げるという課題は、自我の同じような抵抗を受けないのである。

　

ｐ３１７

大きな宇宙的な法則に結びつき

大きな宇宙的連関として現れ

　

このようにして二つの互いに相克しあう部分の葛藤をともに満足させる妥協形成的な解答が見つかったわけである。すなわち誇大妄想によって自我（の誇り＝自己愛）は償われたが、同時に（同性愛的な）女性的願望空想も満たされ患者の自我に受け容れ得るものになった。このような妄想の発展によって精神的な葛藤も病気も一応は停止するかもしれない。その結果現実への顧慮が回復する余裕はできたが、同時にその解決は現在より遠い将来に延期され、いわば漸近的な願望充足で満足しなければならなくなった。女性への転換は

このようにして二つの互いに相克しあう部分の両者をともに満足させる解決策が見つかったわけである。すなわち誇大妄想によって自我は代償されるが、同時に女性的願望空想も侵入し、受け容れ得るものになった。闘争も病気も停止しうる。ただし、その間に現実への顧慮が強められたため、解決は現在から遠い未来へと延期されねばならず、いわば漸近的な願望充足で満足しなければならなくなった。女性への変貌は

　

−まず最初に、自分が強大な力の持ち主からの

−まず一次的に、自分が権力からの

　

この迫害を告白したい

この迫害を解明したい

　

しかしながら合理化の過程そのものに妄想を喚起するだけの感情的一貫性が存在すると信ずるのは、いささか非心理的な考え方である。

しかしながら合理化そのものに妄想を喚起するだけの情動的一貫性が存在すると信ずるのは、まったくもって非心理学的なやり方であると思う。

　

抑圧さるべき願望空想の意識化を赦すような誇大妄想を

抑圧さるべき願望空想の受け容れを赦すような誇大妄想を

　

ｐ３１８

当の人物のもつ意味を表現する

当の人物のもつ重要性を表現する

　

しかしこれら個々の特徴の

しかしユングの言うこれら個々の特徴の

　

次のような事実をも理解しておかねばならない。すなわちわれわれは、迫害者がフレヒジッヒと神とに分裂している事実に注目するだけでなく、この分裂を、実はフレヒジッヒと神の両者、あるいはその属性のすべてが同一視されていることに対する妄想的反応として了解しなければならないのである。

次のような事実をも指摘しておかねばならない。すなわちわれわれは、迫害者がフレヒジッヒと神とに分裂していること、この分裂を、実は両者のかつての同一視や同一系列への所属に対する、パラノイド反応とみなさなければならないこと、である。

　

「今あなたと会ったとたんに私の数々の転移系列［原型〈印刷原板〉と類した印象を持った人物の〈複写〉の記憶系列］の中から、あなた〈複写Ａ〉と似た別な人物〈複写Ｂ〉を思い起こし、この連想を『あなた［複写Ａ　複写Ｂ　原型］が前にも私のところに来たことがある』という形で表現したのです」と。複写Ａは現実存在としての「あなた」、複写Ｂは前意識から意識内に侵入して想起された「別の人物」、原型はたとえば「父」のごとく無意識内に抑圧されている。すなわちこの喩えでは、あなた＝複写Ａと、別の人物＝複写Ｂは、原型に関していえばすべて同一視されており、この同一視に対する妄想反応として、この原型が前意識に想起された形では「あなた」と「別な人物」とに分裂し、意識に表現された形では、朝のあなたと今のあなたとに分裂している］

「あなたは今、私の一連の転移系列から、前回あなたが来た時［に私に想起させたの］とは別の人物を私に想起させました。」

　

ｐ３１９

この見解はかなりの妥当性を示唆しているが、さらにこの考え方を追求してゆくと、ここで考えられているもう一人の人物とは

正当に見えるこの思路見解をさらに追求してゆくと、もう一人の人物とは

　

父と兄弟に対する憧れの性愛化の増大

父と兄弟に対する思慕のエロス化の増大

　

兄弟に対する憧れが医者フレヒジッヒに対する転移に置き換えられ、一方この転移が父への憧れに還元されることによって、精神的葛藤は、一応の解決を得、精神内界の平衡が回復されたのであろう。

兄弟に対する思慕が医者フレヒジッヒへと転移によって移行し、一方この思慕が父へと戻されることによって、闘争の調停が達成されたのであろう。

　

ｐ３２０

・・かなり早く（十九歳で）父に死別した息子の美しい想い出の中で、神と崇められるにふさわしい存在で

・・かなり早く死によって父を剥奪された息子の情愛的な記憶の中で、神へと美化されるにふさわしい存在で

　

父親に対する態度は

父親に対する構えは

　

彼を崇拝する被保護者たる患者たちが噂するように、奇蹟を行い、奇蹟的な治療をやってのける。

彼を崇拝する被保護者たる患者たちが、奇蹟的な治療をやってのける、と噂するとおり、奇跡を行うのである。

　

夢の中で嘲笑や侮蔑の意味を表現する

夢の中で嘲笑や侮蔑を表現する

　

やはり同様の表現目的を満たすのである

やはり同様の表現目的に役立つのである

　

ｐ３２１

「フレヒジッヒは『霊魂の殺害』を企てている」という非難も、実は自分に向けられた自責の念の裏返しだったということもできよう

『霊魂の殺害』という問責も、実は自己告発だったということもできよう

　

霊魂の殺害を行った下手人の一人と見なし、そう『言おう』としているのに対して

霊魂の殺害を行った者として『描こうdarstellen』としているのに対して

この部分はｐ３１４上段の注でも引用されているが、訳文の表現は大幅に違っている。

　

この神的な存在の注目すべき構造を

この神的な存在の注目すべき編成を

　

以上のような解釈において、最後に私は、その「光」という表現によって

このような連関から、最後に私は、その「光」によって

　

太陽は生きもの

太陽は生きた存在

　

そして太陽も自分の前では色を失っている

そして太陽も自分の前では蒼白erbleichtである

　

ｐ３２２

私にはその光が蒼ざめて見える

私にはその光が蒼白erbleichenである

　

まさに太陽と同じものになった

まさに太陽と同一視された

　

このような結論を主張すると、精神分析学的な解釈は一本調子だという非難が浴びせられるかもしれないが、私はこの非難に弁解を試みようとは想わない。ここでは、少なくともドイツ語以外の象徴性が、文法上の性別を超越してしまう。

このように主張する際に、精神分析学的な説明が単調になってしまうが、それは私の責任ではない。ここでは象徴系が文法上の性別を超越してしまう。少なくともドイツ語ではそうである。

　

このような論理の

このような命題の

　

あらゆるものの中に自然の偉大さと崇高さを再発見しようと

自然のあらゆる偉大さと崇高さの中に父を再発見しようと

　

憧憬を表現している

思慕を表現している

　

庭仕事中にシャベルが太陽に照らされてまぶしく輝くのを見た時

シャベルで庭仕事をしているあいだに太陽が自分を照らしていた時

　

不安に襲われたのだ、という解釈を固執した。

不安がったのだ、という解釈を主張した。

　

ｐ３２３

・父に対する幼児期の態度は

・父に対する幼児期の構えは

　

死後の従順

事後的な従順

　

父親コンプレックスというわれわれに熟知された材料を手がかりにして了解をすすめることができるかもしれない。

父親コンプレックスというわれわれに熟知された土壌の上にいるのである。

　

妄想の内容を規定しているわけである。シュレーバーの場合にも、一般の各症例の精神分析療法において、分析操作を経て初めて発見されるのが常であるような材料は

妄想の内容を規定してきたわけである。一般にはそのような場合分析を経て発見されるのが常であるような材料は

　

そのすべてが何らかの表示によって表現され示唆されている

そのすべてが何らかの暗示Andeutungによって代弁されている

　

何らかの代理満足によって代償される

何らかの満足によって置き換えられる

ちなみにここで段落は切れない。

　

幼児性欲的な衝動が

幼児的な性的志向が

　

・性的快楽は神の意志に基づく信仰的行為となり、神（父）自身さえ、患者に性的快楽を求めて

・悦楽は信仰的なものとなり、神（父）自身さえ、患者に悦楽を求めて

　

・女性に転換したい

・女性に変貌したい

　

「霊魂の殺害」という代理形成（置き換え）によって隠されていた罪悪感がしだいに明らかになったのは当然のことである

「霊魂の殺害」という代理形成物によって隠されていた罪悪感の示唆は、あまりにも明らかである

　

ｐ３２４

（無意識の）去勢脅迫に基づいて次のように言ってシュレーバーを脅す。

去勢威嚇に基づいて次のように言う。

　

おまえは性的快楽に耽溺している快楽の虜だといわれても

おまえは悦楽に耽溺していると描かれdarstellenても

　

神は自分が馬鹿になったと思って自分から離れて行ってくれるかもしれないと考えて

神は自分が白痴bloedsinnigになったと思って自分から離れて行くと仮定して

「白痴bloedsinnig」はｐ２９６下段にあわせた。

　

特に手淫によって悟性を喪失して馬鹿になってしまうのではないかという恐怖や不安に対する、われわれに周知の反応なのである。

特に手淫によって悟性を喪失してしまうという威嚇あるいは懸念に対する、ほかのところでもすでにわれわれに周知の反応なのである。

　

手淫者の心気症的な心配と

手淫者の心気症的な懸念と

　

（このような「〈お前は・・・だ〉といわれるぞ」といった）「成績判定の描写とエンマ帳への記入」（同１２６頁）の体系は、「試験される心」につながり

「描写と記入」（同１２６頁）の体系は、「試される〈＝試練を受ける〉魂gepruefen Seelen」につながり

他の箇所では「試練」と訳されている。

　

・心気的な随伴症状をもパラノイアの発生機制の因果連関の中に組み入れて、これを総合的に理解することに成功した時にはじめて私は

・心気的な随伴症状をもパラノイア〈の理論〉との連関に組み入れることに成功した時にはじめて私は

　

それは人々が私のもとに侍らせた

それは人々が私の両足の内部に据え置いた

　

だいたいにおいて、この『小さな男たち』とは『小さなフレヒジッヒ』と『小さなフォン・Ｗ氏』の二人だった。彼らの声を私は自分の足もとでも聞いた

通例、私が両足の内部から聞き取った声の主は『小さなフレヒジッヒ』と『小さなフォン・Ｗ氏』の二人だった。

　

またある意味ではもっとも不可思議な存在のひとつとして

またある意味ではもっとも謎めいた現象のひとつとして

　

何と彼らは、子供たちと精子たちとの圧縮から発生したものであるらしい。

彼らは、子供たちと精子たちとの圧縮から発生したものであるように思われる。

　

ｐ３２５

・われわれが幼児期の材料を漠然と素描し、パラノイアの発病を引き起こした現実的な葛藤をそれと関連させて説明する程度でこの研究をやめねばならないのも

・パラノイアが発病して当座の葛藤を表すために用いた幼児期的材料について、曖昧なスケッチでよしとしておかねばならないのも

　

現実生活における欲求満足の挫折ないしは、欠乏と関係づけるという考え方をもっている

現実生活における頓挫Versagungないしは欠乏と関係づけるのが課題だ、という考え方をもっている

　

シュレーバーはわれわれにそのような意味を持った欲求満足の欠乏を告白している

シュレーバーはわれわれにそのような欠乏を告白している

　

満たされぬ同性愛的な優しい愛情が

満たされぬ同性愛的な情愛が

　

・最高の格式をもった名門

・天にも昇る最高の貴族

ｐ３４６下段にも登場する表現

　

世俗的に人間的な虚栄を重んずる人々からは、そのいささか尊大な現世的な肩書きによって敬われていた

これは、個人的な虚栄にしたがって、そのいささか気取った現世的な称号で自分を飾ろうという魂の習癖にかなっていた

　

「自分がもし女だったら子供を儲けることができるであろうに」という空想を抱いたかもしれない

「自分がもし女だったら子供をうまく授かるであろうに」という空想を形成したかもしれない

　

父親に対する女性的態度に逆戻り（退行）する道が

父親に対する女性的構えに逆戻りする道が

　

つまり彼の非男性化によって

つまり彼の脱男性化によって

　

シュレーバー自身も不思議に思う

シュレーバー自身も謎めいていると思う

　

「小さな男たち」＝子どもたちが大勢集まっている（１５８頁）光景が浮かんでくるのか

「小さな男たち」が大勢集まっている（１５８頁）のか

　２００２年９月１６日作成／２００２年１２月５日増補改訂（追加分は行頭の「・」で表記）